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2019年にもっともフランスのマスコミで注目された記事

今更ですが、2019年に日本が開催したラグビーワールドカップの時に、フランスのメディアで取り上げられた記事です。

熊本在住のフランス人のラファエル ケンジ特集:

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仏訳:

ラファエル タキシスは6才までマルセイユに住んでいた。彼は熊本に暮らす事にした。

日本におけるプロヴァンス生まれのフランス人の生活

 彼は自分の事を「日仏人」だと定義づけている。ラファエル タキシス(38)は、フランスのラ セーヌ シュール メール市に生まれ、彼の父親は、その時に、隣のトゥーロン市で警視の卵として研修を受けていた。彼は14年前に、母親の故郷である熊本に移住してきた。彼にとっては「日本に暮らす事は運命的なもの」であった。子供の頃から、彼は、どうしても日本に強く惹かれていた。それは、心の呼びかけであった。ルーツの呼びかけ。
 子供の時の夏に、当時東京に住んでいた熊本出身の祖母のところに、よく遊びに行っていた。「天国だった」と目を輝かせながらラファエル タキシスは思い出す。「昔、私は祖母に言った。いつか日本に住み、面倒を見てあげるよ」。現在、まさにその通りだ。熊本の老人ホームにいる祖母にできるだけ会いに行くそうだ。
 日本人女性と結婚し、二人の子供の父親でもある。プロヴァンスに生まれた彼は、次女をマノンと名付けた。それは「子供の時に暮らしていた地域に捧げる一方、妻が妊娠していた時に、マルセル=パニョルの同名の小説を読んでいたから」。彼は夢を実現させた。子供の時から、フランスから遠く離れていた夢を。しかも、時間が経てば経つほど、この魅惑は段々と強くなった。
 高校を卒業すると、彼は、自然と日本語を勉強し始めた。「この言葉も、この文化も早い時から習う意欲を感じた。」と彼は説明した。そして、熊本大学に留学する機会が訪れた。彼は、当時、21才だったが、もう決心していた「私は、ここに住む。他の場所は考えられない。」

ラグビーフランス代表を案内した

「母の故郷に留学して、自分の居場所を見つけた。しかし、フランスに帰ると、パリ生活のリズムを取り戻せなかった」と彼は説明する。彼が初めて熊本に来たのは、8歳の時だった。「その時に家族で水前寺公園を訪れた」。1989年だった。平成元年。「そして、不思議と、あれから30年後の令和元年に、2週間前に、同じ水前寺公園でラグビーフランス代表の選手たちを案内した。私にとっては、とても意味の深いものです」。
 熊本で、ラファエル タキシスは、バランスのとれた人生を見つけた。「ここで、アメリカンドリームを実現させた」と彼が微笑む。4年前に、マンションを購入し、テラスからイルカが見えるという天草の海岸沿いの家を購入したところだ。生活に困っていない彼は、相当頑張った。
 最初は、彼は、フランス語を教え始めた。現在、熊本市の職員も彼のフランス語のクラスを受けている。現在、彼はこの商売を熊本で独占している。しかし、2年前に、彼は熊本市国際課の職員となった。そこで、彼は、日本とフランスとの間のパートナーシップの中で、最も盛んである熊本とエクスとの交流を担当している。この仕事の枠内において、彼は、先日「エクスのババリアン」というラグビーのベテランの選手のチームを、フランス語の上手な大西市長への表敬訪問などで、アテンドした。
 彼の仕事を通じて、ラファエル タキシスは、ある意味で、プロヴァンスと日本という両方の故郷に影響された人生の糸を結び続けている。「しかし、私の人生はここにある。ここで晩年を迎えるつもりだ」母親のルーツに根を張って。

子供の時にマルセイユで
彼が生まれたセーヌ市の後、ラファエル タキシスは、長年マルセイユで警視をやっていた父親の転勤で、転々と移動した。クロード タキシスは、フリゥール島でヨットを持っていたが、彼の息子は、未だに「週末にヨットで海に出かけたりしていた」と覚えている。しかし、水色から、パリのため、離れざるを得なかった。「海は突然消えた。6歳でしかなかった私にとってはトラウマだった」とラファエル タキシスは、未だに、ショックを受けている。その後、父の転勤で、アフリカ、ルアン市、アンジェ市、そしてまた、灰色のパリを回った。しかし、彼には、今でも、マルセイユやエクスに友達がいる。さらに、11月4日〜6日の間に、彼の仕事の枠内で、2020年11月16日〜19日の間にエクスで開催される第7回日仏自治体交流会議の合同推進会のために、またエクサンプロヴァンスに来ようとしている。

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コロナギャラリー ②

やはり、籠城戦の時に、攻められる方が必ず負けます。

今回、閉店したお店は多かったです。

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台湾の参加を拒否するWHOは、まさに中国の操り人形です。

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死んだ?死んでない?とにかくご無沙汰してます!ご豚刺してます!

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熊本とストラスブールのご縁!

この情報が先日公開されたが、今年の秋に大西市長は、議員と職員を連れて、フランスの公共交通やまちづくりの先進事例の視察を行うことになった。3ヶ所の自治体の訪問が予定されており、ストラスブール、オルレアンとエクサンプロヴァンスを訪問する予定だ。

ストラスブールは、ヨーロッパで歩行者を中心としたまちづくりという分野において、最先端のまちづくりを行い、かなり良い優良事例を学ぶチャンスになるのではないかと期待できる!

そしてストラスブールと言えば、熊本と驚くべきご縁があったことをご存知でしたか?

では、大西市長が団長を務める「令和遣欧使節団」がフランスへ出発する前に、435年前の別の遣欧使節団の冒険を徹底的に調べてみよう!

慶長遣欧使節団が南仏のサントロペに寄港して、教皇に会うために海を渡る31年前に、別の遣欧使節団がローマで教皇に会うために、同じ旅を既にしていた。

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それは、九州出身の4人のキリシタン若武者で構成された「天正遣欧少年使節」のことである↓

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大友宗麟(おおとも そうりん)、有馬晴信(ありま はるのぶ)と大村純忠(おおむら すみただ)という九州のキリシタン大名に出資されたこの遣欧使節の一つの目的は、ヨーロッパとの貿易を発展させることであった。

4人の若武者は:
・伊東マンショ
・中浦ジュリア
・原マルティノ
・千々石ミゲル
だった。

彼らは12歳〜14歳だった。彼らは、当時島原にあったセミナリヨに通っていた。帰国後に同じ島原にあったコレジヨにも通うつもりであった。

1582年に出発し、彼らは1590年にしか日本に帰ってこれなかった。この長い船旅は彼らをリスボンと教皇がいるローマにたどり着かせた。

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ローマでは、彼らはローマ市民権を与えられた。

1591年に、彼らがヨーロッパから、140年前にストラスブールで発明されたグテンバーグ印刷機を持ち帰り、それが、なんと!キリシタン版と呼ばれた日本初の印刷機で、天草に移設したコレジヨに設置された!

グーテンベルグ印刷機

彼らはリスボンで滞在していた間に、印刷機の使い方を学び、1592年に「平家物語」を印刷し、翌年に「イソップ寓話」などというヨーロッパの代表作を次々と印刷した!

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このキリシタン版は現在、天草のコレジヨ館に展示されている↓

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しかも、彼らがヨーロッパから持って帰ったアイテムも他にたくさん展示されている↓

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そして!2014年に、イタリアのミラノで、ローマ滞在中の伊東マンショの肖像画が見つかった!

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熊本とヨーロッパとの間の縁は歴史のあるものです!

ところで、印刷術が発明される前は、本作りという作業は大変手間のかかる作業であった。

なぜなら、修道士がは、手書きで本を写していたからだ↓

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しかも、文字数でお金をもらっていた彼らは、収入を増やすために、当時定まっていなかった単語の綴りを自由に変えて、無音の文字(最初の「h〜」や最後の「〜t」など)を加えたり、同じ子音を二つ重ねたり(「〜nne」「〜sse」「〜tte」など)していた!

印刷術が現れて、単語の綴りが少しずつ決まっていったが、その背景があったから、現在のフランス語の単語の綴りがあんなに複雑になったわけだ...

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26条

先日の会話のクラスの時に1人の生徒が自分のフランス語の勉強の学歴について発表した。

彼女が習っていた最初の先生が1時間の授業に対して6000円もとっていたそうです!

ラフィケン先生にとってはありえんし、とてもじゃないけど、単に信じられん!

そして彼女が言うにはその先生は日本語ばっかり話して、かなり不満だった...

大満足だったならまだ理解できるが、生徒が不満なら単に詐欺でしかあるまい...

まぁそれはラフィケン先生が熊本にやってくる前の話で、ラフィケン先生のお陰でフランス語を習うことは誰にでも手に入るものになりました。

なぜならフランス語ばってんの標語は:

フランス語を習うことは限られた人数の特権ではなく、誰でもの権利である。



その考え方は1789年にフランスで採択された「人間と市民の権利の宣言」から直接インスピレーションを得たものでございます。

Article 26

1. Toute personne a droit à l'éducation. L'éducation doit être gratuite, au moins en ce qui concerne l'enseignement élémentaire et fondamental. L'enseignement élémentaire est obligatoire. L'enseignement technique et professionnel doit être généralisé ; l'accès aux études supérieures doit être ouvert en pleine égalité à tous en fonction de leur mérite.

2. L'éducation doit viser au plein épanouissement de la personnalité humaine et au renforcement du respect des droits de l'homme et des libertés fondamentales. Elle doit favoriser la compréhension, la tolérance et l'amitié entre toutes les nations et tous les groupes raciaux ou religieux, ainsi que le développement des activités des Nations Unies pour le maintien de la paix.

3. Les parents ont, par priorité, le droit de choisir le genre d'éducation à donner à leurs enfants.



和訳:

第26条

すべての人は、教育を受ける権利を有する。教育は、少なくとも初等の及び基礎的の段階においては、無償でなければならない。初等教育は、義務的でなければならない。技術教育及び職業教育は、一般に利用できるものでなければならず、また、高等教育は、能力に応じ、すべての者にひとしく開放されていなければならない。

教育は、人格の完全な発展並びに人権及び基本的自由の尊重の教科を目的としなければならない。教育は、すべての国又は人種的もしくは宗教的集団の相互間の理解、寛容及び友好関係を増進し、かつ、平和の維持のため、国際連合の活動を促進するものでなければならない。
    
親は、子に与える教育の種類を選択する優先的権利を有する。  



ところで教育費がかなりお金がかかる日本はそれを参考すべきだと思うが...

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「R」の発音についての研究の最新情報👃

やはりフランス語を教えると「R」を教えるのが一番難しい...と思っていたんだけど、実際にフランス語は東北弁に似ているとよく言われるよね。

その理由は「が行の鼻濁音」↓

か゚ き゚ く゚ け゚ こ゚

先日、生徒を実験台に「r」が出てくる単語をが行の鼻濁音で読ませたら全く普通のフランス語っぽくそれらしく聞こえた。
(STAP細胞の論文と違って長年の研究の成果に基づいているので信頼性の高い結果です。)

説明:

ふざける(plaisanter)と紹介する(présenter)を取り上げてみよう:

従来の教科書だと:

plaisanter → プレザンテ

présenter → プレザンテ

で発音を表しているが...

...まったく一緒じゃん!フランス語で発音は全然違うのに...

ラフィケン先生が開発した方法のお陰で2度とこのような許せない誤りを犯すことはないはずです。

plaisanter → プレザンテ

だけど

présenter → プケ゚ザンテ

違いがよくわかるでしょう?

実はパリの下町っ子も昔から鼻声でしゃべる傾向があるんですよ↓



さらに!

もう一つの重要な発見ですが、脳というのは錯覚でダマされるものだということで、フランス語をカタカナではなく、ひらがなで書き換えると脳がダマされて、日本語に見えてしまう。

だから発音がしやすくなる訳。

例えば↓

ぷけ゚ざんて

読みやすいでしょう?

実はひらがなで書くことによって抵抗感がなくなり、脳にとっては受け入れやすくなる訳です。

ちなみに「présenter」を英語の「present」と間違わないように!

先日、例文の「J'ai présenté ma femme à mon frère」(兄に妻を紹介した)を「兄に妻をプレゼントした」と誰かが訳した...

日本の場合はわからないけど、人の妻をプレゼントでもらうなんて...バカみたい!人の妻は奪うものだよ。

ところで私は東北弁をどう聞いても韓国語にしか聞こえない...↓


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